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プロニートの履歴書

色んなできごとに翻弄され、プロのニートになるまでの物語

14. 百貨店でのブラジルコーヒー

百貨店ライフをエンジョイしていた私が毎日楽しみにしていたのは社食だった。社食がある場所で働いたこともなければ、その価格の安さにも驚いたのだ。最初に配属された渋谷の百貨店では、隣の店舗のおばちゃんに「お昼ご飯美味しいですよね!」と言うと、「あなたほんとに幸せね…」と呆れられたほどだった。そこはとくに社食に定評のある百貨店ではなかったらしいのだ。

 

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13. ボタンを掛け違えてしまったブランド

さて、裏社会から脱出を図るため、いわゆる『まとも』な企業で働きたいと思った私は、唯一専門知識のあるアパレル産業へとの転職を決意した。

学生時代は服飾デザインの勉強をしていたり、一度アパレル企業に就職していたこともあって、業界にはそこそこ明るく、ブランクがあっても履歴書の服飾学校卒業の文字とその会社名は転職するには有利に働くだろう…と思ったのだ。 

 

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12. 出会い系サイトの裏側

私が電話したのは『簡単なメールのお仕事』だった。メールの仕事といってもよくわからなかったのだけど、男性からのメールの返信をする仕事だという。即日採用だったので、私は翌日からそこに通うことになった。なぜか夜の時給の方が高かったので、夜9時から朝9時までの深夜の時間帯にすることに決めた。

 

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11. ピンク色の渋谷からヨーロッパへ

私が六本木のレストランを辞める少し前に、友達が夏はヨーロッパに行こうと持ちかけてきた。ひとりはニューヨークから、もうひとりはアジアを旅行中の2人からだった。それぞれ遠く離れたところに住んでいるので、ヨーロッパで落ち合おうという話だった。

そのしばらく会っていない友達に会いたければ、私は勇気を持って小さな一歩を踏み出さなければならなかった。その一歩を踏む出すかどうか、私は一週間、悩みながら夕方の街を歩き続けた。

 

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10. 高級そうなレストラン

一人旅から帰ってきて、前回に続いて英語を使う仕事をしようと思った私は、英語が使えるアルバイトを探すことにした。人と話したかったので、バーテンダー職で探してみると結構あるもので、それはなぜか六本木エリアに密集していたのだった。

そうして、いくつかの面接を受けた私は白いレストランへと流れ着いた。

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9. ニューヨークに飛行機が飛び込んだ日

五反田を離れた私は都内の緑に囲まれたエリアに部屋を借り、一人暮らしをはじめた。

仕事を見つけるにしても、私にできることは、インターネット、簡単なデザイン、そして英語だった。そして、その3つの語句で検索をかけると、求人サイトの中によく知っている会社名を見つけたのだった。

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8. 東京のSM街の迷い猫たち

さて、私が東京に引っ越してきたといっても、とくに行くあてはなかった。

何人か外国で知り合った友達がいる程度で、その少ない友人を頼りにどこかしばらく泊まれるところはないかとニューヨーク時代の友人に電話をかけると、「うちは実家暮らしだから泊めてあげられないけど、友達の家を紹介してあげるよ」ということになった。

バックパックひとつで実家を出てきた私は、まだ世界の旅行者気分だったのだ。

 

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7. Macbookで路上販売、そして飛ぶ

さて、日本に帰ってくると、3年の間にすべてが変わっていた。

留学というよりも、私は3年間ニューヨークで遊び倒した。遊ぶ以外は何もしていないと言ってもいい。ほとんどの時間を音楽に費やしたのだ。その遊学生活はビザの取得ができずに幕を閉じた。といっても、3年である。私の心はもうすでに日本人ではなかった。

自分が日本人であることも忘れていたし、日本?そういえば、どこか遠くにそういう国があったかもね、ぐらいの気がしていた。 

 

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6. 風俗の世界から世界に飛ぶ

せっかく就職したアパレルの会社を辞めて、私は春先の自由を謳歌していた。自由、自由というのが何かもわからないままに日々だけが過ぎた。

そして、その自由は3ヶ月過ぎた頃にあっけなく終わりを告げた。

またしてもお金がないのだ。私には生活するお金がなくなっていたのだ。

 

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5. 最初で最後の就職

楽器屋さんでバイトしていた私は、どこかに就職したいと思い始めた。

それは同級生がファッション業界で生きていたことが羨ましかったのか、それとも『就職』というのがやってみたかったのか、多分、どちらもだと思う。

それに音楽をやる道はバンドをやるということで、ひとまず気持ちの整理がついたのかもしれない。

とにかく、私は『就職』というのをやってみることにした。

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4. 天国への階段のワンステップ

私が働くことになった楽器屋さんには、ここぞとばかりに音楽好きが集まっていた。店長から売り場の人間まで、それぞれが楽器が弾けたり、得意な楽器の知識も経験もある人たちが集められていた。

私はやっと仲間に会えたのだ。

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3. 卒業後の身の振り方

短大を卒業しても、私には何のあてもなかった。

私が卒業する年は、はじめての就職難の時代に入ったと言われていた。しかし、そんなことは関係なく、私にはなりたいものがなかった。ただ、なりたくないものだけはあった。

それは、社会人である。

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2. 大学生のアルバイト

私は短大学生になった。

実家から離れて寮暮らしをすることになった。今時めずらしいぐらい昭和な寮で、門限が夜9時、外泊は月に3回まで。と、それを本当にみんな守っていたのだから、また信じられない。

大学生というのは遊びとアルバイトが本分だ!と信じていた私には衝撃的な寮だった。

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1. はじめてのアルバイト

高校を卒業して短大に入るまでの春休みに、親友がバイトをしよう!ともちかけてきた。アルバイトをしてもいいか母に尋ねると、「それなら紹介するから、うちで働けば?」と母の病院で働かせてもらうことになった。

そうして、私たちが配属されたのは、病院の手術室だった。

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0. 子供の頃の夢

子供の頃に「将来何になりたいの?」と聞かれたり、「将来の夢」という作文を書かされることは、誰しも何度もあると思う。

私はこの質問を聞かれる度に困った。私には自分が何になりたいのか思いつかなかったのだ。

「将来何になりたいの?」聞かれる度に、その時知っている職業名を言ったり、書いたりすることしかできなかった。

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