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プロニートの履歴書

色んなできごとに翻弄され、プロのニートになるまでの物語

1. はじめてのアルバイト

高校を卒業して短大に入るまでの春休みに、親友がバイトをしよう!ともちかけてきた。アルバイトをしてもいいか母に尋ねると、「それなら紹介するから、うちで働けば?」と母の病院で働かせてもらうことになった。

そうして、私たちが配属されたのは、病院の手術室だった。

私の地元では高校生がアルバイトをすることは禁止されていたので、ツテでもない限りアルバイトをすることはできない。なので、卒業前に働くのもギリギリセーフといったところなのだが、親の紹介とあってわりとすんなりことは進んだのだった。

 

私は子供の頃からこの病院で遊んでいたので、医療関係者に接することにとても慣れていた。彼らはことあるごとに、子供の私に色んなものを見せてくれた。

人体骨格はもちろんのこと、真空パックの脳の断面や、病理解剖された細胞やらなにやらで、医薬品会社が配っている人体解剖図の下敷きなどをプレゼントされたりと、子供がもらっても「わーい」となるようなものではなかったのだけど、そんなものを見聞きして育った私には、はじめてのアルバイトが病院でもそんなに違和感を感じなかった。

 

 

病院の手術室でのアルバイトは中央材料室というところで、病院の衣服やリネン、器具を洗ったり、手術室の備品を補充するという内容だったのだけど、これがなかなかハードで、アルバイトというよりも看護士が見習いで配属されるような部署で、とにかく切れることなく大掛かりな仕事が舞い込むのだった。

 

大掛かり、というのは大袈裟かもしれないのだけど、まず扱うものの数が多い。注射器何百本が一度に運び込まれたり、手術着一式がどーん!と何十着も運び込まれたり、大きな病院だったので、すべての数が多かったのだ。

そして、安全なのかどうかがわからない。この血の付いた器具は本当にこのまま洗っていいのか…という判断が私には出来なかった。気にしているひまはないので洗うのだけど、すべてが高温なのでものすごく熱い。

プラス、すべてが『清潔』と『不清潔』に分けられていて、術衣のたたみ方ひとつにも決まりがあったり、廊下などにも「この線からこっちは清潔、こちら側は不清潔だから気をつけて」という言葉の意味がわかるようなわからないようなで、医療のことなどさっぱりわからない私たちにはその違いを理解することが難しかった。

 

はじめてのアルバイトなので、「よくわからないけど、そういうものなのだ」とすべてをあるがままに受け入れる日々だった。

 

 

それでも楽しいこともいくつかあった。

 

私は知らなかったのだけど、手術というのはドアを開け放してやるものらしく、毎日手術の様子が覗ける。細かいところは見えないので怖くはないのだけど、最初はビビっていたその風景も見慣れてくるうちに、ああ、今日はクッキーみたいな香ばしい匂いがする…。骨でも焼いてるのかな?とか、今日はりんごみたいな匂いがするから、きっと内臓を切ってるんだろう、と思うぐらいの余裕が持てるようになるのだった。

 

かと思えば、何かすごい病原菌を持った人の手術なのか、映画のアウトブレイク並みの重装備で、そんなヘルメットどこにあったの?その宇宙服みたいなのも??と、いういでたちで手術をすることもあるのだ。そういう手術の時には、手術着を着る順番に決まりがあるようで、あーでもない、こうでもない、というように細かい指示が飛んできて、私は内心、高校生がこんな手伝いをしても大丈夫なんだろうか…と少し心配になったものだった。

 

 

しかし、ものの数週間で私は倒れた。

洗濯室で大量の洗濯ものをたたんでいる時に倒れたのだ。多分、狭い密室で空気が薄くなっていたのか、貧血になってしまったのだ。それにそこは病院で、病院で働く人のほとんどは母の後光でみんな私のことを知っているのだ。とてもバツが悪かった…。

 

それに多分、本当にハードな仕事だったのだ。医学生の兄などは、「中材の仕事をやらせるなんて、母さんもどうかしてるよ 」と言っていたので、きっと彼はその仕事がどんなものだったのか知っていたのだろう。

そういえば、中材で働くおばさま方も毎日「ハッスル!ハッスル!」と言いながら、仕事していたのだった。

 

ほんとに…、お兄ちゃんそれ早く言ってよ。と私は後になって思った。