プロニートの履歴書

色んなできごとに翻弄され、プロのニートになるまでの物語

8. 東京のSM街の迷い猫たち

さて、私が東京に引っ越してきたといっても、とくに行くあてはなかった。

何人か外国で知り合った友達がいる程度で、その少ない友人を頼りにどこかしばらく泊まれるところはないかとニューヨーク時代の友人に電話をかけると、「うちは実家暮らしだから泊めてあげられないけど、友達の家を紹介してあげるよ」ということになった。

バックパックひとつで実家を出てきた私は、まだ世界の旅行者気分だったのだ。

 

下北沢にあった友人の友人、遠藤くんの家はちょっと形容しがたいぐらい片付いていないアパートだった。足の踏み場もないぐらい散らかった漫画雑誌と、飲んでそのままそこにずらーーっと並べられたコーヒー缶の山を見て、私は一体どこで寝ればいいの…?と思ったほどだった。普段、彼も人の家を渡り歩くような生活をしていたらしく、自分の部屋のことには無頓着だとも言っていた。

それでも見ず知らない私を泊めてくれるというのだから、気のいいやつだったのだ。私のために友達を呼んでカレーパーティーを開いてくれたりもした。

 

しかし、私は東京に来て自分が何をするのか考えてもいなかった。ぱっとみたところ、私には住む家と仕事が必要なようだった。その部屋に3日もいる自信がなかったからだ。

 

私が困った時にとる行動はいつも大胆なものだった。そして、歩き続けることだった。

ひとまず家を借りる資金を作るために、私は風俗界へと足を運んだのだ。それはそこらの高額バイト雑誌を見れば、山のように転がってる手軽な仕事でもあったのだ。

 

ところが、新宿に行っても、渋谷に行ってもあまりいい顔をされない。場所によっては待ち合わせに行ったその場でお断りされるのだ。私は4年前にその仕事をしていた頃とは変わってしまったのかもしれない。まぁ確かに、ロングヘアにふわっふわの強いスパイラルパーマをかけ、どうみてもド派手な人で、清楚というイメージからはほど遠かったのだ。選んだ店の種類も悪かったのかもしれないと、探す場所を五反田に変えた。なぜなら、五反田にはSMクラブが多いことを知っていたのだ。普通の風俗では通用しなくなっているのなら、少し違う職種に行ってみようと思ったのだった。

 

 

そして、その選択は間違っていなかった。

念のため今度は話しを綿密に作りこむことにした。多分、風貌の変わってしまった私には少し変わったストーリーが必要だと思い、バックパックを背負って、今まさに外国から帰ってきて、行くあても仕事もない。働くので事務所に住まわせてもらえないか、という話にちょっと涙を誘うストーリーも加えて頼み込んだのだ。そして、その話は運良くオーナーの同情を引いたのだった。

私はその日から住み込みの仕事を手に入れることになった。五反田のSMクラブの一室に。

そこで暮らし始めて1週間も経たないうちに、私の部屋には同居人がやってきた。九州から家出してきた女の子で彼女もやっぱり住むところがないので、私と相部屋で暮らすことになったのだ。どうやら、私の作った身の上話はこのお店ではそんなにめずらしくも、当たらずとも遠からずなストーリだったのかもしれない。

 

 

そこはSMクラブといっても、M女専門の方だったらしく、とくにM女でもない私には困ったこともたくさん起きた。プレイ中に頭を踏まれたりすると頭にくるのだ。ムチで打たれても、縛られても、きょとんとしている私を見てお客さんも「ハルちゃんはM女っていうか、なんていうか・・・」と言われたこともあった。ああいうのは演技ではなんともならないもので、真に倒錯できる人じゃないと意味不明なのですね。

 

お客さんにSM専門ホテルなどに連れて行かれると、それはそれは奇妙な世界に見えたのものだった。隣の部屋から「ヤッてるのを見ててくれませんか?」と頼んでくるサングラスをかけたやたらオモチャの多いカップルや、ホテルの廊下には全身ピアスの少女の奴隷が裸に鎖を付けられて四つん這いで歩く。それを見ても私は何も感じなかったし、あぁ、世の中にはいろんな趣味の人がいるのね、と趣味だとすら思っていたのだ。

そして言うまでもなく、そんな冷めた目をもって見てはいけない世界でもあった。

 

 

 

そんな私がそこを去るまでにそんなに時間はかからなかった。

 

理由はふたつある。ひとつ目は猫が死んだのだ。

私が毎日歩くコンビニまでの道にかわいい片目の猫がいた。その猫はノラ猫で、毎日同じところに座っていて、顔を合わせる度に猫と私の距離が毎日少しずつ縮まっていくのが私の楽しみだった。最後には近くに座って触らせてくれるようにもなっていた。

それがある夜、いつものようにコンビニに出かけると、猫が道端に横たわっていたので、「どうしたの?」と声をかけると、いつもと様子が違って苦しそうだった。私が抱き上げると猫はどこかから大量の血を流していた。大慌てした私は猫を抱いて事務所まで駆け上がり、そこで会議をしていた店のみんなに、「誰か動物病院に連れてって!」と泣きながら頼んだのだ。

すると、みんなは面倒くさそうに「それノラ猫でしょ?もとのところに返して来なよ」と言ったのだ。「だから病院に連れて行くんだってば!」という押し問答を続けているうちに、片目の猫は血を流したまま私の腕の中で息を引き取っていった。

もう何も言うことが残っていなかった私は、黙ってその場を後にすると、外に出て猫を埋める場所を探した。でも、そこは五反田の街中で、土があるところを探すのは難しいことだった。

 

私は交番まで行ってスコップを借りてきて、空き地を見つけて穴を掘ることにした。しばらくすると、先ほどの警官が心配したのか私を探しにやってきたのだった。「そこは私有地だから穴を掘るのはいけないよ」というので、「じゃあどうすればいいって言うんですか!」と私は泣き叫ぶことしかできなかった。警官の人は優しい人だったので、「そういうのは東京じゃ難しいですよ…。猫は私が預かって月曜になったら清掃局に引き取りにきてもらいますから…」と言ってくれたのだ。

私には猫が清掃局で焼き払われてしまうという言葉に嫌悪感を感じた。命が死んだというのに、ゴミ扱いで焼かれてしまうのだ。でも、この見知らぬ土地で私にできることはもう何もなかった。「絶対に、絶対に!東京許さない!」と思ったけど、私にはそれを言う相手もおらず、ただ真夜中に猫がいつも座っていた場所で、誰にもかけることのできない携帯電話を固く握りしめた。

翌日、店のみんなは泣き腫らした顔の私に冷たく、仕事をふられることはなかった。私もひどい顔をしていたと思うので、それは仕方がない。でも、そのことで私は店のみんなのことを信頼しなくなっていた。

 

 

ふたつ目の理由は、そこで働く女の子と私には違いを感じたからだった。

それは雑誌に掲載するアンケートをみんなで書いていた時のことだった。風俗嬢の名鑑の自己紹介欄みたいなもので、「初体験はいつですか?」というよくある質問だった。

私は「17歳」と書いていたのだけど、店の女の子たちは普通ではない年齢だった。そこには「4歳」や「9歳」と書かれてあったのだ。私は一体…、どゆこと・・・?と彼女たちに聞くと、「4歳の頃に強姦されたから」とか、「9歳の時にお父さんとお兄ちゃんに襲われて、それからずっとそうだった。だから私自分のことずっと汚い子供だと思ってた」と答えた。

あまりにも淡々と話すので、私がびっくりしていると一番年上だった女性が、「私もそんな感じだったけど、5歳の時に親に捨てられて、それからずっとたらい回しだったな〜」と普通に言うのだ。とても明るい女性だっただけに私はさらにびっくりした。そして、彼女はその中で一番のセックス狂いでもあった。彼女らは風俗でしか生きていけない種類の人たちだったのだ。

それを聞いて、私はここにいてはいけないんだ、と思った。少し変わりものぐらいではこの世界にいてはいけなかったんだ…、とそう思ったのだった。

 

あれから時間が経った今では、彼女らと自分がどれだけ違うのかはわからない。そんなに違いはないとも思う。多少違った道を歩んだだけで同じ人なのだ。

 

 

そうして、部屋を借りる敷金ができた頃、私は何も言わずにその事務所を離れた。

それから五反田を通る度に、私はあの迷い猫たちのことを思い出す。