プロニートの履歴書

色んなできごとに翻弄され、プロのニートになるまでの物語

10. 高級そうなレストラン

一人旅から帰ってきて、前回に続いて英語を使う仕事をしようと思った私は、英語が使えるアルバイトを探すことにした。人と話したかったので、バーテンダー職で探してみると結構あるもので、それはなぜか六本木エリアに密集していたのだった。

そうして、いくつかの面接を受けた私は白いレストランへと流れ着いた。

そこは比較的新しいレストランで、白くて広い店内に、白いテーブルと白い椅子、白い大きな皿に、ウッドテラス席もあるバリ風の高級そうなレストランだった。

 

私は学生時代に飲食店でアルバイトをしたことがあったのだけど、本格的に働くのはこれがはじめてだった。そういうわけで、飲食のアルバイトの楽しみといえば、どんなご飯が出るんだろうなー?だった。

初日に店長から一通りの説明を受けた後、「何か質問はありますか?」と聞くので、「食事はいつ食べるんですか?」と開口一番そう言ったのだった。それはもう無邪気に。すると、その言葉は店長の逆鱗に触れ、私にはそれから1週間食事抜きというバツが与えれらた。後で聞いたところによると、「ここで働くことになったのに、最初の台詞がメシのことってどういうことなんだよ!」と、彼にとってはこの店で働くことは大変誇らしいことであって、もっと他に大事なことを聞くのが普通だろう!?ということらしかったのだ。でも、正直なところ、もっと本格的なバーやレストランの面接にも行っていた私にはそのラフなスタイルと価格感にそこまで大層なお店にも見えていなかったのだ。

 

私の印象ははじめからよくないものだった。彼らが求めるのは給仕のプロフェッショナルだったのだ。私に最初に与えられた仕事は皿を引く係で、それはバスと呼ばれていた。お客さんを案内をする係、注文を聞く係、皿を出す係と引く係、とフロアでも役割があって、それは身分の差でもあった。まずは皿を引くことから覚えなさいというわけだ。

それに加えて、おかわりパンのサーブ係も任せられた私は、食事のでない腹いせに、サーブするついでにパンを一切れポケットに忍ばせ、トイレの清掃をする間に隠れてパンをかじるという、なんともみすぼらしい身分に自ら成り下がった。

 

 

しかし、ここのバイトの人たちは妙にピリピリした人たちでもあった。店長の見ている範囲では常に仕事の奪い合いで、どんなに自分が仕事をしているのかアピールしなければならないのだった。時間があればシルバーを磨き、かといって誰も本当に磨いてはいないのだった。「あんなの店長が見てる時だけ磨いてるフリしとけばいいんだよ」という。これは本当に疲れる環境で、裏に行けば誰もがそうこぼしているのだった。「自分がどうしてこんなにイライラしてるのかわからない…」と。

飲食にはそういう側面もあると私が知るのはもっと後のことになる。

 

普段から歩くのが遅い私に店長は「ハル!2倍のスピードで歩け!」などというのだった。まぁ、それもわかります。彼はキビキビした態度をお客さんに見せろと言っているのだ。見せる接客の見える化である。店の中ではスタッフがびゅんびゅん風のように動き回り、我先にと仕事を奪い合っているのだった。 

 

 

お客さんもそういう世界が好きな人たちでもあった。店に入って席に案内されると、とりあえずモエのピンクシャンパンを頼み、水を頼めばペリエ。テラスでは若い娘がウィスキー片手にメニューの葉巻を揺らし、ノリタケの皿は大きいけど中身は普通のパスタに「大変美味しいパスタだったとシェフにお伝えください」というのだ。しかし、そこにはシェフはおらず、キュイジーヌ風の料理を作るキッチンスタッフがいるだけだったのだ。

そこは美味しい料理を楽しむというよりも、その空気感を味わう。そういう種類のレストランだった。

店もお客さんもチャラチャラしてるなぁ…、というのが私の第一印象だった。でも、それは私が知らなかっただけで、そこは典型的な六本木の夜の街だったのだ。

 

 

 

そうして、ある夜店長が私にこう言ってきた。

「ハル、あそこに外人のお客様が来てるから、英語で話しかけて来なさい」と。そのお客さんの方をみると、それはどう見てもロシア人だった…。「え?でも、あの人ロシア人じゃないですか?」という私の言葉は無視され、とにかく何でもいいから私は英語で話しかけてこなければならなかった。私にはロシア人の友達がいたので、ロシアの人がどれだけ英語を話せないのか知っていたのだ。けれども、それからも外国人のお客さんが来るたびに、私は何かを話しに行かなければならなかった。

 

彼はもともと若者の街でバーをやっていたところをパトロンに拾われ、六本木に店を持たされた叩き上げだったのだ。たまに顔を見せるそのパトロンは優雅な感じの、いかにも投資家という感じの人ではあったが、店長らは米つきバッタのようにペコペコとその顔色を伺っていた。なので、彼がスタッフに求める姿勢はいつも形にこだわり、その形を守ることだった。英語を話せるスタッフがいるというのは、彼と店にとって飛び道具みたいなものだったのだ。

 

 

もうひとつ、別の夜に事件は起こった。

私は皿を3枚以上持つのが苦手だった。店の皿はとにかく大きい。無駄に大きい皿の上にお洒落なお料理がちょっぴりのせられていた。そして、その皿はどれも温められているので慣れないと火傷するほど熱かった。私が「熱くて持てません!w」とキッチンにいうと、包丁を突きつけられる勢いで、「そこ!笑うところじゃない!」とキレられた。私には笑って何がいけないのかよくわからなかった。

 

そのことをよく思っていなかった店長は、私に大事なお客様のテーブルに水のグラスを13個持っていくように命じたのだった。これはとてもハードルが高い。片手のプレートに13個のトールグラスを乗せて歩くことだけでも結構難しいのだ。これは2人で運ぶのも、2回にわけて運ぶのも確実ではあるけど、たしかにカッコ悪い。

私は「無理です」と即答で答えた。私には絶対できない自信があったのだ。もちろんその台詞はやはり店長を怒らせ、私は持っていくことになったのだけど、慎重に運んでみたものの、運の悪いことにその席はローテーブルで低かったのだ。そろりと腰を落として9つ目のグラスを置いたぐらいで、私はプレートをそのままテーブルの上にガッシャーン!とぶちまけた。一応、私も出来る限りのことはしたのだ。

 

 

そうして翌日の朝礼では、そのお客様からのファックスが読み上げられることになった。

「昨日は楽しい夜をどうも有り難うございました。どうか昨夜のアクシンデントで水をこぼした女の子を怒らないであげてください。彼女は失敗しましたが、私はその後の彼女をずっと見ていました。彼女はあんな失敗をしたにも関わらず、その後の笑顔は本物の笑顔で、失敗を微塵も感じさせないものでした。あんな風に心からの笑顔でいられるスタッフを私は見たことがありません。今後のために、どうか今回は彼女を叱らないでやってください」

 

というものだった。

一体、何のために読み上げたのだか…。確かに思わせるところは沢山あるお礼状だった。
惜しみない笑顔。これだけは誇れる、とにかく困った時は笑顔。それで大体のことは乗り切れた。

 

私はその日のうちにめちゃくちゃな理由をつけて、この高級そうなレストランを辞めた。とにかくこんな不自然なところにこれ以上いたくなかった。

 

それに私はその頃、ヨーロッパに行こうと企てていたのだった。