プロニートの履歴書

色んなできごとに翻弄され、プロのニートになるまでの物語

12. 出会い系サイトの裏側

私が電話したのは『簡単なメールのお仕事』だった。メールの仕事といってもよくわからなかったのだけど、男性からのメールの返信をする仕事だという。即日採用だったので、私は翌日からそこに通うことになった。なぜか夜の時給の方が高かったので、夜9時から朝9時までの深夜の時間帯にすることに決めた。

 

その事務所には40台ほどのパソコンが並べられ、20代前半ぐらいの若者が20人ほど座っていた。チームごとにわけられているようで、私の担当はもちろんメールの返信で、それは出会い系のサクラと呼ばれる仕事だった。

自分が利用したことがないのでよくわからないけれども、なかなか盛況のあるサイトのようだった。パソコン画面にはメールの返信してきた男性が、いつ入会して、どのタイミングでどんなメールを返信し、課金した金額と残高のすべての情報が映し出されていた。返信チームはメールの前後を読んで話しを合わせ、課金が切れるタイミングに差し掛かると課金に落とし込む、そういう仕事だった。

 

詐欺ですよね、本当に。
きっと登録している人は本物の女性がいると信じていて、多少はサクラもいると怪しんではいると思うのだけど99.8%はサクラで、そのサクラの攻撃をかわして本物の女性に会うのはほとんど不可能なことのように見えた。

ところが、世の中にはラッキーな人というのはどこにでもいるもので、その0.02%の本物の女性を登録して5分後に捕まえるという超ラッキーボーイもいるのだった。これは裏側ですべてを見ている私たちには奇跡のように思えた。そういう人は絶対に出会い系にはハマらないタイプの人だと思う。出会い系にハマる人は純粋に自分には出会いがない思っているか、可哀想なことについてないタイプの人なのだ。

 

 

メールの返信は簡単な仕事ではあるけれど、やりがいもある内容だった。なぜなら、私たち返信チームにとってそれはゲームなのだ。新しいメールを受け取ると、壮大なストーリーを練り上げ、パソコンの向こう側にいる人を夜な夜なこちらの場所からあちらの場所へと移動させる。私たちはネットで地図を見ながらランドマークになりそうな建物を指定して、「今ここにいるよー。あれ?いないね。どこにいるのー?(´□`。)°゜」と、そこまで来ているような返信をひっぱり続けるのだった。どういう思考なのかわからないけれど、彼らは毎日何時間も私たちの言うままに動き続けた。彼らが求めているのは『出会い』なのだ。出会い系は『出会いたい』という需要に応える提供で、確実に出会えることをお約束するサービスではないのだった。

 

人は悲しい。悲しいことに「1億円で私と寝てください!」という未亡人などが人気キャラに育て上げられるのだった。ほとんどの人は嘘だと思っていると思う。でも、まさか!?という欲が捨てられない人も中にはいるのだ。それもすでに課金地獄にハマっている人ほどそうだった。嘘の金額に釣られていくのだ。しかし、それでも相手の嘘もすごい。どちらの嘘が大きいかでどちらに引きずり込まれるかが決まる。賢い人は身を引くのだろうけれども、組織的にやっている方もなかなかなのだ。お金はいつもお金のない人からかすめとられていくように。

 

私たちはチームになってバランスのよい新キャラを生み出し、返信のテンプレートを作成して、いかに効率よく仕事を回していくかを考えた。相手の返信はそこそこ同じなので、ぽんぽんテンプレートを返信するだけで十分会話は流れていくのだった。そんなことをしても、私たちにはどんな得もないのだけど、これは深夜のパソコン画面に向かってひたすら向こう側の人を落としていくゲームだったのだ。その会話の整合性のために私たちは雇われていた。

チームにはアタッカーと呼ばれるリーダーのような人がいて、数あるキャラからその組み合わせを選んで新規登録したユーザーにいいタイミングでファーストアタックをかけていく。このアタッカーの判断ひとつで返信が増えたり減ったりするので、アタッカーの指先ひとつでサイトを『運転』しているといってもいい。その些細な金額の集まりでも新宿にひとつの会社を運営できるぐらいの金額を生み出していく。

会社の指示通り、相手のことを名前で呼び、できるだけ絵文字を使い、返信は必ず質問で終わらせることを守るだけで返信率は上がった。そうして育てられたユーザーのメールは絵文字だらけになっていった。どういうわけか、気持ち悪い返信内容の人ほど絵文字が多くなっていく。これは完全に絵文字を多用しすぎたサクラメールの弊害で、もうどちらもおかしくなっているのだ。
私は今でも絵文字の入った男性からのメールを見るとちょっとだけ気持ち悪い。会話の最後に質問するのもちょっと書きにくい。ただの習慣だと思うのだけど、これはサクラの職業病だと思う。

 

そして、とても当たり前のことだけど、悪いお金は悪い感情しか生まない。やたら目の覚めた社員やそれでも一生懸命やろうとする社員も、罪悪感を抱えたアルバイトも調子に乗った若いアルバイトにも、どこにも逃げ道がない。一見、生きるためにやっているように思える仕事でも人は誰もそんな生き方を望んではいない。
それに、そこは誰にとってもゲームなのだ。出会いたい人にもアルバイトにとっても、それは誰も勝たないゲームの延長でしかなかった。ただただ機械的に画面の中の言葉に支配されていく負のスパイラル。

 

3ヶ月ほど経って、私もとうとうアタッカーの席に座らせられることになった(出世したのです)。私は黙ってそこを離れる準備をはじめることにした。足がかりぐらいのつもりでいないと私まで巻き込まれてしまう。

 

そして、私は今度こそは『まとも』なところで働こうと心に決めるのだった。