プロニートの履歴書

色んなできごとに翻弄され、プロのニートになるまでの物語

18. 最後のベンチャー企業の上場

今度の転職はキャリアアップというのを目指してみることにした。どこに行ってもエージェントがこう聞くのだ。

「空野さんは今回どんなキャリアアップをお考えですか?」と。

とにかく転職するにはキャリアアップというものが必要らしかったのだ。キャリアアップ、キャリアアップねぇ…と、私も考えてみることにした。

 

そして、今度はもっと大きなコンテンツをディレクションしてみたくなった。自分にどれだけの力があるのか試したくなったのだ。この業界は人が同じ人がぐるぐる周り、だいたい5ヶ月ぐらいで人が入れ替わる狭い世界だったのだ。

 

向かった先は偶然にも私が学生時代に住んでいた家の近くに本社を置く小さな会社だった。社長がたまたま都内に来ていたので、私が以前本社の近くに住んでいたことを話すと、同郷の安心感があったのか友好的な面接になり、後日採用のお知らせが届いた。

既存の携帯コンテンツユーザーのほとんどは学生と主婦だった。しかし、新規ユーザーも獲得しなければならない。次のターゲットはF1と呼ばれる働く女性層で、つまり私ぐらいの女性だったのだ。それで私が採用されることになったのだろう。

 

 

大体のコンテンツ会社がベンチャーであったように、ここもベンチャー企業であった。運営していたコンテンツが先駆けだったこともあって、2年の間そのジャンルで1位を守り続けていたのだ。私の知っている着メロ業とは違う世界ではあったのだけど、それでも1位を取り続けるのは並大抵のことではないと私も知っていた。

 

ところで、こんなことをやっておきながら、私は携帯コンテンツを使う人ではなかった。使う側の気持ちや用途がよくわかっていなかったのだった。そんなわけで私は朝夕、通勤で電車に乗ると、どの世代がどんな携帯を使って、何を使って、どんなことをしているのかを観察することにした。盗み見というか、マーケティングとして。
それを見ていると、人々はみんなほとんど同じことをやっているように見えた。朝のメールの内容は誰もが昨夜のお礼と次回のお誘いで、帰りの電車の中では待ち合わせのメールを送っていた。そして、その文章もほとんど同じなのだ。書いては消し、消しては書き直しているのに、ほとんど同じテキストを打つ。これには私も不思議な気持ちになった。どこに個性があるのだろう…と。そして、その個性のお手伝いをするのがデコメだった。

 

私はこの仕事をするうちに、間違いなくキャリアアップを感じていた。それまでの私の仕事とは確かに違っていたし、私の企画通りにサイトは構築され、制作チームをまとめ、時にはケンカしたり、一緒に悩んだり、持ち上げたり持ち上げられたりと、私たちはみんなで日に日にサイトを拡大していった。

 

 

 

そんなある日、ドコモの担当者から電話がかかってきた。電話の向こうで担当者は慌てた様子で、「大変です!2位に落ちました!なんとかしてください!!」と言うのだった。

 

私はこの日のことを忘れない。

その言葉を聞いた瞬間、目の前が砕け散ったのだ。巨大なガラスが目の前でパリーーーン!と割れて粉々に砕け散ったのだ。自分が作ったものが、自分が運営している時に2位に落ちた…。私のプライドが砕け散った瞬間だった。どうやら私にもそんな気位があったらしい。どこかの議員の「2位じゃダメなんですか!?」というのが冗談ではなく、やはり2位ではダメなのだ。

上司に「退会を止めろ」と言われたら、退会を止める方法を考え、会員が退会できないようにループするページを作って公開するしかないのだ。ユーザーのほとんどが子供だと思うと胸の痛む仕事だったのだけど、この方法で退会者の数は劇的に減るのだった。(*これはみなさん経験したことがあると思います。退会ページがわかりにくいところにあるとか、引き止めのための長い宣伝ページのことです。時として、業務命令というのはだいぶモラルに欠けますね)

 

その後の3日間は記憶にない。

大々的な会議が行われ、目の前を膨大な数の書類が飛び交い、ホワイトボードに書ききれないほどのToDoリストにひとつずつ線が引かれていき、3日間でサイトを生まれ変わらせたことだけは覚えている。

そんな中で私は2位に落ちた原因を探りあてた。業界では有名人だった前社の課長が私に教えてくれたのだ。ライバルだった2位のサイトが広告に1億突っ込んだという話だった。その広告は中高生に人気のあった(しかし大人は誰も知らない)サイトで、そこに大きな広告を打ったらしいのだ。これはうちの営業も把握していなかった動向だった。向こうは私たちが上場する手薄なところを狙って、気持ちのいい午後に勢いよく突っ込んできたのだった。

 

結局その期間の順位は2位で終わり、会社は所在地を港区に移して、新しい部署を増設し、1位の道から上場の道を歩み始めたのだった。

燃え尽きた私は新しいオフィスで窓際に追いやられることになり、それは気力が奪われるだけの日々に変わりつつあった。新しい人もずいぶん増えて、上場に群がるオオカミもハイエナの数も増え始めた。「これから先もっと荒れるだろうね」と上場経験者が私に耳打ちしたりもした。

コンテンツ系ベンチャー企業が上場するにはそろそろ厳しい時代に入っていた。携帯の普及率が100%を越え、これ以上ユーザー数が増えることはなくなってしまったのだ。私はこの会社はベンチャーでも最後に上場する企業になるかもしれないな、と思った。

 

 

そうして、上場が目の前までやってくる頃、私にも社員になるか、辞めるかのどちらかの選択肢を突きつけられる日がやってきた。悩んだけれども私は辞めることを選択した。続ける理由が見つけられなかったのだ。普通は上場する企業にその瞬間いられることはラッキーなことらしかったのだけど、私には上場もストックオプションも魅力的には感じられなかった。

そして、本来好きだった音楽からもずいぶん遠ざかっていたような気がした。

 

最終日に休憩室で久しぶりに社長に会った。見た目もずいぶん変わってしまった彼女にも大変なことでもあったのだろうか。彼女は私の姿を見て少し悲しそうに「何かあったらいつでも来なさいね」と声をかけてくれた。

 

分厚いガラスの窓の向こう側の六本木の街がやけにブルーがかっているように見えた。

私は最初から最後まで、この女性のことが好きだった。