プロニートの履歴書

色んなできごとに翻弄され、プロのニートになるまでの物語

22. 出会ったことのない種類の同僚

前職で晴れて社内SEの職歴を手にした後、私はすっかり英語のことを忘れていたことを思い出した。英語のスキルアップのことだ。このスキルアップテーマがないとエージェントは案件を紹介しなかった。

それに、私は自分にはもう少し流暢な英語が必要だと感じていた。そう、仕事で困らないぐらいのビジネス英語が。

 

エージェントに相談すると、わりとあっさり仕事は見つかった。『IT+ 英語』というキーワードで探せば案件は簡単に見つかるのだった。それに、紹介された職場はアメリカの大手アパレル企業だったので、私の履歴書に書いてある『ファッションデザイン卒業』という文字も有利に働いたのだった。

 

この会社は見た目的にとても奇妙な職場だった。なぜなら、全社員がそのブランド服を着ているので、どの部署に行っても全員がピエロなのだ。そこは店舗ではなく、都内の古い街にある普通のビル2棟の一室(というか全室)で全員がそうなのだ。それでも社内にいるうちはまだいい。彼らが帰途につき、家から最寄りの駅に着く頃にはピエロ以外の何ものにも見えなかったことだろう。彼らはとくにファッションが好きだったわけではなく、普通だったら手の届かないブランド服を、在庫一層するために社販でどんな服でも500円で買えたのだ。社販は洋服だけではなく、都内の一等地に構える巨大店舗の中で使われていた家具や調度品なども社員に破格で販売された。ベビー服から高級スーツ、スポーツウェアまで取り扱うそのブランドの服を家に帰れば家族全員で着ていたに違いない。現にフランスから派遣されていたCEO一家がそうだったのだ。

そんな中で私はとても浮いていた。彼らは私の服装をみて「空野さんはどこの服を着てるの?」と聞くので、「えと、あの…無印です(私は仕事中、目立たないという理由で無印の服を着ることにしていた)」と答えるとびっりされるのだ。びっくりするのはこっちの方である。無印の服を着ていて浮くのだから。

 

 

そうして、私はここで今まで出会ったことのない種類の同僚に出会うことになる。

お局である。それも取り分けいじわるな。

 

彼女は私に最初に会った時、彼女はそこで働いていても、「ファッションのこと全然わからないし、英語も勉強中で。。」と気弱そうに言った。

私はこれまでいろんな会社で働いてきたけれど、人には恵まれていたので、お局という種類の人に対する免疫がなかった。ましてや、その矛先が自分に向かうことがあると想像すらしていなかったのだ。

 

多分、こういう人はどこの会社にもいるものだと思うので、細かいことは書きませんが、仕事がはじまると彼女は私の動き、言葉ひとつひとつに文句をつけた。しかし、彼女の社内の人への対応はそれ以上にひどいものだった。電話を投げつけて切るのは朝飯前とでもいいますか…。念のため、社内SEがどんな仕事なのかというと、社内であってもお客様あっての仕事というか、サービス業に近い種類の仕事なのだけれども。
「女の人って40も越えるとこんなんなっちゃうのね・・・、いやだわやだわっ」と思っていたら、驚いたことに彼女は私と同い年だったのだ。まだ30代前半である。

見た目的にもその人柄も、一体どうやったらそこまでトウが立ってしまったの…。私と同じ時間しか生きてないんですよね?どういう生き方してたんですか!?と、階段から突き落とされたぐらいショックだった。

 

しかし、チームの男性5人は誰も助け船を出してはくれなかった。今まで彼らに向かっていた矛先が私ひとりに向いているのだから、自ら腫れものに触ることはできなかったのだろう。私がその針のムシロの上をゴロゴロ転がされているのを見て、人はみな口をつぐみ、その風景から目を逸らした。それぐらい怖いのだった。私も別の立場だったらそうしたと思う。「とにかく地雷を踏まないように」とアドバイスされても、私にはその地雷がどこにあるのか、どうやって歩けばいいのかもわからなかった。いつでも一触即発、即KOなのだ。

 

そうして、私は仕事に行きたくなくなった。電話を取ってもキレられる、ペンを転がしても、箸を転がしても、ランチで生卵を割ってもキレられる。 

朝起きて、 あぁ、今日もあのキレッキレに付き合わないかといけないのか・・・と思うと毎日が憂鬱で、憂鬱にならないわけがなかった。

 

そうして、夏が来ようとする頃になり、お昼を食べた午後に歩きながら彼女はパタパタと手の平をひらつかせ、私にこう言ったのだ。

「これから蒸し暑くなるねぇ。私、蒸し暑いと大変なことになるから覚悟しといて!」と。

 

もうね、なんというツンデレ

これまで耐えていた私の中の砦がガラガラと音を立てて崩れていった。私の城は崩壊したのだ。

とにかく、私は毎朝の憂鬱から解放されたかった。もう誰がなんと言おうとも、私はそこを辞めることにした。

 

 

ひとつも仕事のことを書いていないので付け足しておくと、

外資系のITは常に外国からの新しいテクノロジーが投入されてくる。システムの操作や入力も英語だったり、新システムが導入される時も電話会議などで本国と同じトレーニングが行れるので、私のITの技術も英語のスキルも着実に増えていったのでした。