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プロニートの履歴書

色んなできごとに翻弄され、プロのニートになるまでの物語

僕が選挙に行かない理由(わけ)

夏になったので、エスプレッソ・アフォガートを食べようと、エスプレッソメーカーを手に入れたのですが、お湯を沸かして、コーヒー豆を挽いて、熱いエスプレッソを淹れる…よりも、やっぱりアイスはあずきバーが美味しいなと感じる今日この頃。みなさん、いかがお過ごしですか?

faux affogato

今年は選挙ブームですね。

ここ最近、とくに舛添さんの転落劇からこちら、都内ではより一層そう感じられる今日この頃。1日中ネットに貼り付いている私には、本当にうんざりです。なぜなら、どこを見ても「選挙に行こう!」の標語だらけなのだから…。

私はどちらかといえば、『選挙に行かない派』です。そんな派があるとすればですが、『まったく行かないに等しい派』でした。それでも、そんなに短くもない人生の中で2度だけ行ったことがあります。

そして、2度参加してみて、改めて『やっぱり行かなくてもよい派』になりました。投票率はだいたい40〜60%ぐらいですので、有権者の半分ぐらいは私のような人なわけです。多分、多くの場合は「めんどくさいから」だと思いますが、私も個人的な理由(わけ)を書いてみようと思います。

 

僕が選挙に行かない理由 

(その1)予想通りの結果だから 

大抵の場合、選挙の結果が予想通りなので、選挙後に「そっかー、やっぱりそうかー」と、私の一票はあまり関係なさそうだと思うから。
といっても、それが私の期待通りというわけではありません。私の期待する候補者や政党が当選していなくても、あまりにも得票数に差があるので、ここまで差があるのならやはり関係なさそうだ、と思ってしまいます。
多分、これは私が間違っています。でも、結果的には予想通りなので、そんなに当落の結果と自分の見解に大きな差はなかったのではないかとも思います。

そして、おそらく「選挙に行こう!」という人は野党体質の方です。現在の与党が気に入らない、もしくは、選挙権を放棄した人が全員、野党派に転ぶとでも思っているのか、投票率が上がれば政権交代も有り得ると考えているのかもしれません。

が、正直、それがうざったいのです。
選挙に行かない人は、私も含めてそもそもが天邪鬼(あまのじゃく)だと思うので、言われれば言われるほど行きたくなくなります。ただし、感心が向かないわけではないのでご心配なくです。

そして、選挙に行かなければ「将来、自分が損をする」、「後で文句は言うな」などと脅されても、今現在の私の暮らしが過去に選挙に行かなかったせいで損しているとは思えないし、むしろ、現在の状況は過去に選挙に行った人が招いた結果なのでは?と思います。そして、普段から政局について文句を言うタイプでもないのです。

それに、投票率もテレビの視聴率計測のようなものだと思うので、投票率が上がっても結果が大きく変わるとは思えないのです。

 

(その2)政治に期待していない 

もし、私が今の暮らしに不満があるとしたら、変えなければならないのは私自身の生活と考え方だと思います。しかし、私はニートです。そんなに不満が生まれるほど社会と厚く接していません。雇用問題も社会現象なので、不満を持てばよいのかもしれませんが、実際に雇用する人は経営者や採用担当者であって、政策が変わったからといって、ちょいちょいっと人の意識まで変えられないと思います。そして、それ以前にニートであることは、私の選択に問題があったからだと思いますし。

しかし、圧倒的に正規雇用者、または公務員が有利な社会なので、個人事業を支援するような政策がアメリカ並に打ち出されたらいいな、ぐらいは思っています。能力のあるサラリーマンにそういう機会が設けられていないのはもったいないし、何よりも能力の高い経営者は累進課税でほとんど奪われてしまうのも可哀想です。さらに、優秀であるはずの税理士たちが、つまらない節税の計算をやらされいるのかと思うと、それも不憫です。つまり、組織や派閥よりも個人の力を、ということです。それは政治というよりも、きっと時間の問題ですね。

話がやや脱線しましたが、政治家が狂ってるのはどこの国もそこそこ同じだと思います。狂った人が政治家になるのではなく、政治家になったから狂ったのだと思います。高すぎる選民意識がそうさせているような気もするし、昔からお代官様は悪なんだなーと変わることもなさそうなので、政治に期待していません。
候補者に徳が高くて謙虚な方が現れたら、その時は私も選挙に行きたいと思うかもしれません。

 

(その3)演説の手法が古くさい 

はっきり覚えていないのですが、先のアメリカの大統領選挙で、オバマさんvsヒラリーさんの討論会か何かで、感情的になったクリントンの奥様がネガキャンを始めたんですね。そこでオバマさん、「あなたはわかっているはずだ!それが事実ではないとわかっているのに(ネガキャンでやってる)失望に値する!」みたいなことを返したんですね。
ネガキャンて正面から跳ね返すことができるのかー、すごいなーと思ったのが、私が初めて感動した選挙演説です。ただただスマートだなー、政治的というのはこういうことを言うんだろうな。子供の時からディベートやってる国は違うぜ、と感心しました。

今現在の東京では、色んな方面から長い手を使ってのネガキャン合戦です。しかも総理までもが「それが選挙ですから」と言い出す始末。人として、古すぎやしないかい?と思うのです。民衆の感情に訴えかけるというのは、そういうことではないでしょう…と。
選挙戦という争いなので、優秀さを競う分にはよい思いますが、能力に大差がない場合、足の引っ張り合いになるのは見苦しい振る舞いと思います。

*それに引き換えマック赤坂氏は(当選はしないと思いますが)、スマイル一点張りでも応援したくなります。きっと服装や行動からまともではないと思っている人もいるかもしれませんが、同じまともでないのなら、スマイルでよいと思います。
マックさんを見ていると、賢い人はバカなふりができるというのは本当なんだなと思わされます。本当にバカな人は賢いふりにボロがでるので、舛添さんみたいなことになってしまうのではないでしょうか。

 

(その4)とても個人的な理由で行きたくない 

私が最初に選挙会場に行った時のことです。会場に行ってみて、私はブチ切れました。

「紙とエンピツだ!どこのどの石器時代なんだ!!」

ありえん!21世紀ですよ!!いくら日本のIT技術が遅れているとしても、いまだにFaxを大事に使っているとしても!紙とエンピツはないでしょう!?
こんな紙とエンピツでしのぎを削っている運営で、はたまた膨大な人件費と手間をかけてる国が上手に政治をやっていけるわけないでしょう!!とブチ切れました。

これは区役所や税務署に行っても同じです。毎回、手際の悪さとIT力のなさに気を失いそうになります。君たちに効率という言葉はないのかーーー!と。
最近、私も大人になったので、効率至上主義ではなくなったんですが、あまりにもアホでしょう…と思います。なので、投票自体が付き合ってられないのです。

『紙と手書き』を大事にしすぎる日本ならではの発想というか、なんといか。 なぜ、文字を書かせる?なぜ、せめてマークシートにしないんだ。わざわざ選挙のために、文字を読みとる機械まであるというのだからニッチすぎる。どうしてその仕組みを考える人を雇わないんだ…。
このルールを変えるよりも運用で、マンパワーでガンバ!という体質が変わるのはいつのことになるんでしょうか。

森達也氏が「愚かな若者は選挙に行くな」と発言していましたが、そんなに若くもない若者だけど、選挙には行かないでおくね、とお返事したくなります。


 
書いてみると、意外と4番目の理由が強い気がします。3も同じ理由で時代にあっていないと感じているからです。
これが若者の意見だと誤解されないことを祈りますが、ネット選挙に移行するのは未知のことでしょうから、不安が伴うのは当然だと思いますが、未知やセキュリティに対する不安感をなくすことが、未来を作るってことなんじゃないかと思っています。

古都なのにITの発達しているエストニアや、レストランでも投票できるスウェーデンを見習ってほしい。これが一若者の願いだったりします。

 

ではでは、またまた。